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東京高等裁判所 昭和33年(ネ)1795号 判決 1960年7月20日

第一審原告(第一八五二号控訴人・第一七九五号被控訴人) かつ子事古内和子

第一審被告(第一七九五号控訴人・第一八五二号被控訴人) 柴沼醤油株式会社 外一名

主文

第一審被告両名の控訴は、これを棄却する。

第一審原告の控訴に基き、原判決中第一審原告敗訴の部分を左のとおり変更する。

第一審被告等は各自第一審原告に対し、更に金七万九千四百五十円及びこれに対する昭和三十一年一月十四日以降完済まで年五分の割合による金員を支払うべし。

第一審原告その余の請求は、これを棄却する。

訴訟の総費用中、第一審原告が訴状及び控訴状に貼用した印紙額の一部金六千百五十五円は第一審原告の負担とし、その余は凡て第一審被告等の負担とする。

原判決並にこの判決は第一審原告勝訴部分につき、仮りに執行することができる。

事実

第一審原告訴訟代理人は「原判決中第一審原告敗訴の部分を取り消す。第一審被告等は各自第一審原告に対し、原判決認容の金額と併せて金六十五万二千七百円及びこれに対する昭和三十一年一月十四日以降完済まで年五分の割合による金員を支払うべし。第一審被告等の控訴はこれを棄却する。訴訟費用は全部第一審被告等の負担とする。」との判決並に仮執行の宣言を求め、第一審被告等訴訟代理人は「第一審原告の控訴を棄却する。原判決中第一審被告等敗訴の部分を取り消す。第一審原告の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも第一審原告の負担とする。」との判決を求め、第一審原告のため仮執行の宣言ある場合には、同時に仮執行免除の宣言を付せられたき旨申立てた。

当事者双方の事実上の供述は、原判決事実摘示と同一につきこれを引用する。

証拠として当事者双方は原判決事実に記載するとおり証拠の提出援用認否をした外、更に当審において第一審原告は当審証人古内茂の証言及び第一審原告本人尋問並に検証の各結果を援用し、乙第一、二号証の成立を認め、第一審被告等は乙第一、二号証を提出し、当審証人大久保嘉平、小竹重吉、山中正光、竹中芳男、江畑隆夫、柴沼富国、遠藤勇の各証言及び第一審被告根本有尋問の結果並に検証の結果を援用した。

理由

第一審被告会社が醤油の製造販売を業とする資本金百万円の会社であり、第一審被告根本有が本件事故の当時同会社に雇われ、自動車運転手として勤務していたことは、各当事者間に争がない。

原審証人江畑隆夫の証言により成立を認めうる甲第三号証第八号証、同証人吉川元一の証言により成立を認むべき甲第四号証、原審証人市川利元、吉川元一、当審証人大久保嘉平、江畑隆夫、原審並に当審証人山中正光の各証言、原審並に当審における当事者本人古内和子、根本有(一部)各尋問の結果、原審鑑定人中館久平、宮内義之介(一部)の各鑑定、原審並に当審の検証の結果等を綜合すると次の事実を認めることができる。第一審被告等の援用する各証言並に当事者本人の供述中、この認定に牴触するものはこれを採用し難く、その他第一審被告等の挙げる証拠によつては、右認定を左右し得ない。

昭和二十九年二月五日午後三時頃、第一審原告は自宅より自転車に乗つて石岡市に赴くべく、柿岡町から石岡市に通ずる県道の左側を通行し、土浦方面と石岡方面とに至る県道の分岐点附近より約四十米程進み、訴外比気若之助宅手前に差しかかつた。右県道は幅員約五・四米で両側に幅約一米の開溝があり、十五度位の緩勾配を持つ直線道路で見透は良好である。たまたま第一審原告の前方より三、四人の歩行者が道路の左側を第一審原告の方に向つて進んで来たのと、左側路上に拳大の割石が多く敷かれていたため、第一審原告はこれを避けて道路の右側に移り、軽く自転車のブレーキを掛けながら、溝より一尺ないし一尺五寸位の路端を進行していたところ、第一審被告根本の運転する第一審被告会社所有の貨物自動車(ニツサン五十二年式四屯積車体の幅員約二米)が同会社の醤油二、三屯を積載し、反対方面より道路の右側(即ち第一審被告根本より云えば左側)を速度をサードに落して(当審証人竹中芳男の証言によれば時速二十粁以内であると認められる)進行して来た。そして右自動車は第一審原告搭乗の自転車とすれ違おうとする際、自動車の外側と道路の右端(根本から見て左端)まで一米そこそこの間隔を残すにすぎない程、著しく第一審原告側に近寄つて来たので、第一原告は危険を感じ、一時下車して自動車の通過を待たうと考え、体を起し、左足を伸してペタルの上に立ち正に降りようとした瞬間、自動車の車体後部が第一審原告の身体に強く接触し、そのため第一審原告は自転車諸共路上に顛倒して左大腿部左下腿部等に後記のような傷害を蒙るに至つた事実が認められる。

右のような場合、自動車運転手たる第一審被告根本としては、道路の左側(同被告から見て)を進行して来る自転車に近接し、これとすれ違うに際しては、安全に通過し得るよう自動車の進路を道路の中央寄りにとつて左側を十分に明けて除行するか、または同乗の助手をして無事にすれ違い終るまで確実に車外の状況を看視させながら、何時でも停車しうるよう用意して除行する等、接触事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのに拘らず、第一審被告根本は左側に安全にすれ違い得るだけの間隔を残すことなく、漫然自動車を第一審原告の自転車に近接したままで進行し、遂に前記の如き事故を惹起するに至つたのであるから、同第一審被告に運転上の過失があること明かである。原審並に当審証人竹中芳男は、すれ違いの際助手として窓から顔を出し、殆ど無事に通過するまで見届けた旨供述するけれども、右供述は措信し難く、これによつては第一審被告根本が助手をして十分な看視をなさしめたものと認めることはできない。

第一審被告根本が本件事故に関する業務上過失被疑事件につき不起訴処分に付せられた事実は、必ずしも前認定の妨となるものではなく(当審証人遠藤勇の証言によると、検察庁においては被害者が果して自動車に接触して事故を起したか、または路上の砂利のために自ら顛倒して負傷したのか判然しないとの理由で、被害者の取調も現場の検証もせずに不起訴としたもののようである)、第一審被告会社が根本運転手の使用者として同人が自動車による荷物の運搬という会社事業の執行につき生ぜしめた本件事故につき、同被告と共に右過失に基く不法行為による損害賠償の責に任ずべきであり、第一審被告根本の選任監督上、相当の注意を尽したとの主張を採用し得ないことは、原判決説示のとおりである。当審証人柴沼富国は、第一審被告会社においては従前交通事故を起した経歴の有無並に健康状態等を調査して運転手を採用し、平素安全運転につき厳に注意を促していたというのであるが、仮令それが事実としても、それだけでは未だ被用者の選任監督に相当の注意を払つたものということはできない。

第一審被告等は、本件事故の発生につき第一審原告自身にも責むべき点があるとして、過失相殺を主張するので、これにつき判断する。

(一)  原審並に当審における第一審原告本人尋問並に検証の各結果によると、第一審原告が自転車に乗り、事故現場附近に差蒐つて右転した際には、既に前方より第一審被告の自動車が進行して来るのを現認していたことは明かである。第一審原告が道路の右側に移つたのは、前記の如く左側の歩行者と路上の割石を避けるためであつたのではあるが、それにしてもこれは道路交通取締法令の定める左側通行の原則に違反するのみならず、前方右側を進行して来る自動車と接触して不慮の事態を惹起する恐れなしとしないので、第一審原告としては万一の危害を避けるため、安全を主とし、歩行者をやり過した上でそのまま左側を進行すべきであり、若しも第一審原告が終始左側を進行していたならば、本件自動車と互に右側を対して通過することができ、事故の発生を見るに至らなかつたものと思われる。従つてこの点において第一審原告の側にも幾分不注意の責あることは否み難く、これは損害の賠償額を定めるにつき当然斟酌せらるべきである。

(二)  第一審被告はなお、第一審原告が貨物自動車とすれ違う以前に下車して自動車を待避するか、すれ違いの際下車することなくそのまま進行していたならば、事故の発生を防ぎ得た筈であるから、本件事故の際第一審原告が自転車から降りようとしたこと自体過失であると主張する。しかし第一審原告が自転車より降りようとしたのは、第一審被告の自動車が余りにも自転車の側に近接し危険を感じたためであり、また第一審原告が側溝より一尺ないし一尺五寸位の路端を走つていた以上、自動車とすれ違う前に下車することなく進行したからといつて、あながちそれを第一審原告の過失ということはできない。

よつて以下損害の数額につき判断する。

第一審原告が本件事故のため左大腿部復椎骨折及び左下腿部挫創等の傷害を受け、その医療費等に合計金十一万三千七百五十一円の支出を余儀なくされたことは、原判決説示のとおりであるからこれを引用する。原審並に当審証人江畑隆夫、原審証人吉川元一の各証言によれば、第一審原告は負傷後居町の婦人科医江畑医師の許において割創の縫合、リンゲル液並にペニシリン注射等の応急手当を受け、次で外科専門の吉川医師の治療を受けたのであるが、江畑医師の縫合処置をした大腿部の傷口より微菌が入り、患部に瓦斯エソを起し化膿したため、吉川医師が同所を切開排膿した事実が認められる。しかし右化膿が江畑医師の処置不完全に基くとまでは断定し得ないが、仮にそうとしても、事故発生直後における火急の場合の処置が完全でなかつたため傷口が化膿し、瓦斯エソを起すというようなことは往々にして起り得ることであつて、これと本件事故との間に因果関係なきものということはできず、従つて右瓦斯エソ治療のために要した費用も、結局は事故による損害というべきこと勿論である。

次に、第一審原告が本件事故によつて蒙つた傷害のために、昭和二十九年二月七日から同年八月二十日まで吉川医師の許で入院治療を受けたことは、原審における原告本人尋問の結果により明かであり、また第一審原告方では、原告の外に老弱のために働けない父初太郎があり、田一反歩畑一反三畝歩位の農地を耕作して一家の生計を樹てていたところ、第一審原告は負傷のために稼働することができず、そのため損失を蒙つたことも、右原告本人尋問の結果により窺うことができる。そして右程度の農家においても一家の働き手たる者が健康で働いていたとすれば、一日少くも平均して金二百円位の収入を挙げうるものと認めるのが常識上相当であるから、第一審原告は前記の百九十五日間休業により合計金三万九千円の得べかりし利益を喪失したものと認定する。

また第一審原告が前記傷害により甚大な精神的苦痛を受けたことは明かであり、その負傷の程度(原審並に当審の第一審原告本人尋問の結果によると、長期の入院並に通院治療を経たにかかわらず患部になお幾分の後遺症を残し、寒冷時には疼痛を覚え長く歩行することができない状況であると認められる)、その生活状態及び本件諸般の事情を綜合し、これを慰藉するには金二十万円を以て相当と認める。

以上認定の医療費、休業損失、慰藉料等を合計すれば金三十五万二千七百五十一円に達するところ、本件事故の惹起については第一審原告の側にも一部の過失ありと認むべきこと前示のとおりであるから、その事情をも斟酌し、第一審被告等の賠償すべき額はその額より五分の一を減じた金二十八万二千二百一円とすべく、従つて第一審被告等は各自第一審原告に対し右金額及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和三十一年一月十四日以降完済まで年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

それ故、第一審原告の本訴請求は右限度においてこれを認容し、その余はこれを棄却すべきであるから、第一審被告等の控訴はいずれも理由がなく、第一審原告の控訴に基き、原判決中第一審原告敗訴の部分を主文の如く変更すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十二条第九十三条第九十六条を適用し、同法第百九十六条により第一審原告勝訴の部分につき仮執行の宣言を付すべく、なお第一審被告の申立にかかる仮執行の免除は事案の性質上妥当ならずと認めてその宣言をなさないこととする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 二宮節二郎 奥野利一 渡辺一雄)

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